回想日記帳だ!

タイトル :いい訳こそ芸術

さてダブルヘッダーの二回目は、とりあえずこのページのメインであるマクドナルドのことについて触れておこう。

最近でっかい事件が起きた。イヤ正確に言うと事件ではないのかもしれないが、おおにょに取ってはまさに寝耳に水、「事件」なのである。

何事だ!

というと、この時期に男がお店からいなくなってしまうのである。それも2人。
ちなみに前回書いたような、人情のない辞め方をする人ではない。二人ともフリーターなので、ある意味いつ辞めてしまっても仕方ないのかもしれない。でもやっぱり

あーあ・・・

という感じなのだ。この「あーあ・・・」の理由は、二人とも(自分にとっては)仲の良かった人であるし、うち一人はファーストインが自分とほとんど同じで、まあ自分は週2、3回だったけど4年間もやってきた人なのである。


さて、今回のメインはこの辞めてしまった人たちのことではない。この歳になっていつまでもフリーターというわけにもいかないのかもしれないし、もっと複雑な理由があるのかもしれない。いずれにしても所詮他人である自分に、彼らの行動そのものについてどうこう言うことはできない。問題なのは

なぜこの時期に?

ということなのだ。主だった理由としては、先に挙げたものがあるのだろうが、最終的な引き金になった原因のひとつが、どうも今のお店の状況が原因っぽいのだ。この辺残されたものとして、ちょっと考えてみたい。

まずその問題になった状況とはどういうものなのか?というと、またもや登場高校生軍団だ。正直なところ、自分の中では最近随分と良くなったように思っていた。極端なスケジュール変更もなくなったし、以前のようなとんでもないことをしでかす事も、ほとんど目にしなかったからだ。
しかし今回の話を聞いて、これが自分の目が曇ってきていたに過ぎないのかもしれないことを思い知らされた。指摘されたのは一言で言えば

仕事の時と、そうでない時の区別がつけられなくなってきている

ということである。そう考えて思い出すと、確かに自分がこの位の時(高校生の時ね)にバイトをしているときは、もうちょっと緊張感のようなものがあった気がする。少なくともしゃべり続けて、仕事がおろそかになることはなかった。しかし今の子達(一部だけどね)を見た時、店舗規則を破るようなことをしなくなったとはいえ、この点に関しては、(いつもとは言わないが)確かにまずいときがあるように思う。

ではこの違いはどういうことなのか?まず考えられるのが

それが世代間の違いなんだよ

というもの。確かにあるだろう。が、やはりこういう行動を見せるのは一部であって、全体ではない。つまり「世代」という概念を持ってくるには、あまりにも狭義なものになってしまう。
そこで考えられるのが、

ただ単にその子達の問題なんじゃない?

ってこと。ここでいう「問題」には奥の深いものがある。果たして問題になる行動が、「つい」出てしまった偶発的なものであるか、「同然」出てくる必然的なものだったのか。
「つい」出てしまったことに対して、おおにょはあんまり注意する必要はないと思っている。それは本人がシマッタ!と感じている以上は、それが次の行動に生かされていくからである。が、「当然」出てしまったことに対しては、注意する必要があると思う。必然であるからには直すべき問題点があるからである。その問題点を解決しなければ、この行動はまったく次に生かされない。
そして今回指摘された行動が、どうも「つい」にしては頻度が高いんじゃない?って言うことらしい。どうもなにか問題があるようだ。

ちなみにいつ決まったのか知らないが、TRチームのモットーは

将来役に立つであろう「何か」を残してあげたい

らしい。まさにこの状況にぴったりだ。


ではその問題とは何か?ミーティングをした感じでは、「常識が足りないのではないか?」という結論になった。その通りかもしれない。やや抽象的な話になるが、その人の行動すべてが、その人のもつ「常識」からインヘリタンスされたものである、といってもおかしくないからだ。
が、おおにょ的にはここからがメインである。

そこまでやる必要があるのか?

ということだ。常識を変える、ということはある意味、社会的な再洗脳に他ならない。規模の違いこそあれ、アルバイトのトレーニングとして妥当なものなのだろうか?これがまず大きな問題。そんなに傲慢になっていいの?
では仮にこれが妥当であるとしよう。次に問題になるのが、店舗規則を破るようなハッキリと「明らかな」常識の無さを指摘することはできても、今回のような

どこまでが良くて、どこからがダメか

というような「あいまいな」常識について、指摘することが果たしてできるのか、ということである。それこそ「個人差」がものを言う。その常識の違いが「個人差」である以上は、文句はつけられまい。

自分はこれくらいのおしゃべりは、常識の範囲内であると思った

と言われた時、自分にはこれを返す手段が無いように思う。

こう考えると、「明らか」な常識が持たれた事(実際はどうかわからないが一応そう思う)によって、店は改善され、今は「あいまいな」常識についてどうこう言える、次の段階に来ているのかもしれない。つまりある意味この状況は、前に比べれば良くなっているのだろう。その過程において、「これは難しすぎる問題であり、大きな壁だ」と何人かに感じられたことが、今回の自分への指摘につながったのかもしれない。

要するに何が言いたいかというと

いい方向に向かってんだから
なにも無理して厳しくしなくてもいいんじゃない?


ということ。最近思ったんだけど、おおにょって怠けることにかけては天才かもしれない。
だってこんなに

いいわけがうまいんだもん

何とかしよう!とかいわれてもねえ、俺には無理だし、こんなにだらだらいっぱい書いたいいわけあるしねえ・・・、とりあえず

やろうとはした

という姿勢がわかっていただけたら、幸いかと・・・。

それではいつもの通りで、また次回!




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